1999年ドラフトを振り返り! 8人獲得も・・・

前年の火の玉ストレート藤川球児、翌年のレッドスター赤星憲広。
後にチームを、リーグを代表することになる選手を獲得した年に挟まれたのが1999年ドラフト。
毎年のようにそんな選手を獲れるわけではないとは言え、かなり厳しい結果に・・・。

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獲得選手

1位 的場寛壱 24試合 .143 0本 1打点

2位 吉野誠 340試合 4勝11敗1S 3.91

3位 岡本浩二 1試合 0勝0敗0S 9.00

4位 新井亮司 1軍出場なし

5位 上坂太一郎 243試合 .248 7本 37打点

6位 窪田淳 14試合 1勝1敗0S 8.57

7位 松田匡司 119試合 .159 0本 4打点

8位 高山智行 1軍出場なし

1位 的場寛壱

この年、阪神が1位で獲得をしたのは遊撃手の的場寛壱。
複数球団の争奪戦の末、阪神が的場からの逆指名を獲得しました。
阪神ドラ1の宿命でメディアにも大きく取り上げられ期待されたのですが、1年目から左ひざを故障。
その後も怪我に悩まされ、最後まで活躍することは出来ませんでした。
ファン感謝デーでは選手のモノマネで人気を博するなど、怪我をしながらも明るさを失わなかったのが印象的です。
もし左ひざを故障しなかったらどんな選手になっていたのか・・・。
そんな事を言ってもしょうがないのですが、怪我というのは本当に惜しまれますね。
現在はスポーツメーカーの社員として勤務しているとのことです。

2位 吉野誠

この年の阪神のドラフトで最も成功したと言えるのが、2位の吉野誠。
リリーフを務め2002年は35試合に登板し防御率1.33、2003年には56試合に登板し防御率3.27という成績を残しています。
しかしその後は成績を落とし、2007年に濱中治と共にオリックスにトレード。
交換要員は阿部健太と現在コーチを務めている平野恵一でした。
トレード後1年目となる2008年は43試合に登板し、防御率3.66をマーク。
また2011年には50試合に登板し防御率1.13をマークするなど、オリックスで見事に復活。
引退した現在は、阪神に戻ってスカウトを務めています。

5位 上坂太一郎

5位指名の上坂太一郎は俊足とパンチ力が特徴。
入団時は外野手でしたが、早くに二塁手にコンバートされました。
2001年はシーズン途中から上坂・赤星・濱中の若手3人で1~3番を形成。
89試合に出場し.253という成績を残しました。
しかし翌年以降この年を上回る成績を残すことは出来ず、さらにスピード違反を撮られて出頭しないという素行面のトラブルも・・・。
順調に成長していれば、上本みたいな二塁手になれていたのかもしれません。

このように、1999年の阪神のドラフトは全体的には失敗に終わっています。
2005年を最後に、優勝から遠ざかっている阪神。
この年に獲得した選手の何人かが順調に成長していれば、少しはその歴史も違っていたのかもしれません。
もっともそれは選手個人のせいだけではありませんが、悔いの残る結果になりました。


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