阪神タイガースOB列伝其の一 和田豊

多くのファンが知っていると思いますが、阪神タイガースには「暗黒時代」がありました。
ただその時代には良い選手が全然いなかったのかいうと、決してそんなことはありません。
オールスターにも7度出場した和田豊は、間違いなく名選手と言える存在でした。

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通算成績

1713試合出場 打率.291(5972-1739) 29本 407打点 94盗塁 OPS.711

最多安打(1993年)

ベストナイン(1992年、1994年)

ゴールデングラブ賞(1992年、1993年、1994年)

「いつもヒットを打ってるなぁ・・・。」

「いつもヒットを打ってるなぁ・・・。」
これが、当時の私の和田に対する印象です。
本当にそうなら10割バッターなのでそんなことはもちろんあり得ないのですが、弱かった阪神において和田の存在はそれほどインパクトのあるものでした。
やがて野球選手には「打率」があるとわかり、3割が1つの基準であると理解すると和田の打席に一喜一憂をする日々が続きました。
マルチ安打で和田の打率が上がると喜び、ノーヒットで3割を切ると落ち込んだものです。
そう、私が初めてファンになった野球選手が和田豊でした。

流し打ちの名人

和田の代名詞と言えるのが、流し打ちです。
逆方向にポンッとヒットを打つ姿は芸術的で、今でも印象に残っています。
また粘った末に四球をもぎ取ることも多く、投手にとって嫌な存在であったことは容易に想像出来ます。
ただ和田は幹というよりも、枝葉の選手。
それだけに、和田の存在を活かせるような中軸打者がなかなか育たなかったのが悔やまれます。

日本記録を樹立

和田は職人肌といった選手で派手さはなく、また阪神の人気も今ほどではなかったので、メディアに大々的に取り扱われることもそう多くはなかったと思います。
そんな和田が現役時代に最もスポットを浴びたのは、恐らく1997年。
この年、和田は開幕からヒットを打ち続けその試合数は24にまで伸びました。
この記録は開幕連続試合安打として、日本記録となっています。
当然ながら私もウキウキだったのですが、同時にいつ記録が途切れるかヒヤヒヤしていました。
無事に記録を達成した時には、たいそう喜んだものです。

引退試合

和田の現役生活は、2001年に幕を閉じました。
引退試合の相手は巨人。
そして、結果は1安打。
一・二塁間に抜けていく当たりでしたが、捕ろうと思えば捕れるような少し弱々しい当たりでした。
この時セカンドを守っていたのは仁志で、恐らくは気遣ってくれたのでしょう。
初めてファンになった選手の引退試合だけに、試合後のスピーチは涙なしには見れませんでした。

引退後

和田は引退をしてからもコーチ、監督、そしてシニアアドバイザーと常に阪神に関わり続けています。
日本シリーズには出場したものの優勝出来なかった以上、監督としては成功をしたとは言えません。
しかしコーチとしては2003年と2005年の優勝、そしてマートンの活躍にも少なからず貢献をしていたと思います。
どんな立場になっても、黙々と仕事をする職人肌な所は変わることがありませんでした。
そしてシニアアドバイザーとなった今も、そうあり続けるのでしょう。
個人的には、生涯阪神という言葉が最も似合う人物だと思います。


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